【中編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

シンガポールを本拠地とするThe Testing Ground社はスタートアップの創設者のために、実践的で且つ速くアイデアをテスト(検証)するためのプログラムを提供しています。

 

創立者のブライアン氏はシンガポール政府の奨学生としてMBA、エンジニアリングとロースクールの学位を修めたのち、テスト(検証)の真の価値を提供するThe Testing Ground社とリーンスタートアップ協会をシンガポールで立ち上げました。輝かしい経歴を持つブライアン氏ですが、いきなり成功したわけではありません。失敗の経験から、テスト(検証)を何度も実践し、そこから学びを得て現在のポジションに到達しました。

 

前編では、検証することの重要さと効果について語っていただきました。今回の【中編】ではブライアン氏の経験と視点を交えながら、テストをすることが何故大事なのか、持つべきマインドセットとは、そしてクライアントとの関係性についてお届けします。


Bryan Long
The Testing Ground
http://www.thetestingground.asia/

 

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何故「テスト」を重要視し始めたのか:リーンスタートアップとの出会い

―ブライアンさんは、何故様々な人についての調査やインタビューを始めたのでしょうか。

 

ブライアン:実は起業時の大きな失敗が始まりなんです。私はエンジニア・MBA・ロースクールと3つの学位を取得したタイミングで「十分に学んだし、MBAを持っているし、契約に関する法的な知識も十分」だと感じ、起業を決意しました。

 

そして、MBAで学んだ手順に倣って起業しました。事業プラン・ブランド・製品・マーケティング戦略…戦略・戦略・戦略と、あらゆることを紙に書き出して、プレゼン資料を作り続け、人を雇い、製品を作り始めたのです。しかし、顧客が全くいませんでした。私の製品は何もソリューションを提供していなかったからです。それに気づかずおおよそ1年半ほど、自己資金を費やしたのはつらい体験でした。

 

起業初日を今でも思い出します。Googleで「スタートアップのやり方」と検索したのですが、「ビジネスプランを書け」と結果が出ました。「何回もやったから知っているぞ!」とその時は思いましたね。ビジネスに失敗した後も、同じようにGoogle検索をしたのですが、今度は「リーン・スタートアップ」という一冊の本に出会うことができました。

成功するためのメンタリティ:「グロースマインドセット」

ブライアン:ビジネスに失敗した時を振り返ると、落ち込んだり悲しんだり怒ったり、そうした不の感情はなかったですね。ましてや誰かを責めることもありませんでした。シンプルに、何故失敗したのかということに好奇心が湧いていました。不思議だったのです。

 

「あれだけ多くを学んでから起業したにもかかわらず、何故失敗したのか?」自問自答を繰り返した末は、エンジニアとしての自分自身の根底にある、「テスト」、つまり「検証する」という方法をおろそかにしていたことに気がつきました。私自身がエンジニアであることを忘れていたのです。

 

私たちエンジニアは、世界の物事に興味、好奇心を持ってあらゆることを検証しています。つまり仮説を立てて、検証するということです。ビジネスが失敗して、大きな損失を出してしまった時には悲しかったり、怒りを感じたりするのが普通ですが、そんな時でさえ「不思議だな、興味深いな」という好奇心が勝りました。「一つ失敗したからといって、私がダメな人間だというわけではない」と考えるようにしていましたし、「どうやったら改良できるのか?」を考えることに意識を集中させました。

 

―マインドセットや考え方を変える、視点を変更するということですね。

 

マインドセットを変えることは大事です。そしてこの考え方は「グロースマインドセット」と呼ばれていて、これを持つことによって失敗から学ぶ姿勢が生まれます。一方で、凝り固まったマインドセットを持つと、自分自身や他の人に、失敗の原因があるのではないかと疑ってしまいます。とがめる、非難する精神は新たなことを試したり、実験したりする姿勢と行動を妨げます。

 

Google検索した時に話を戻しますが、その際に「リーン・スタートアップ」という、エリック・リースさんの書いた本にたどり着きました。そこには仮説を検証すること…成長の仮説、価値の仮説などをテストして、「顧客が真に求めるものを見つけろ」と書いてありました。本を読むにつれて、「あ!これってエンジニアとして学んだことだ!」と気付きました。「なぜMBAで学んだことと組み合わせなかったのだろう?」とも思いましたし、「この本も書けたなー!」と若干悔しい思いもしましたね。

 

―そこから実際に、色々と試し始めたのですね。

 

ブライアン:とにかく、まずは試さなければと思い、リーンスタートアップをシンガポールで活用してみました。「アジアの文化圏でリーンは通用するのか?保守的な文化圏では通用するのか?シンガポールではどうなのか?」リーンの考え方では「作って、測って、学べ」とあります。それに則って実験しました。

テストを通して学んだこと:そこに顧客はいるのか?

―どのようなことをされたのですか?

 

ブライアン:簡単で、小さな依頼ができるタスクサイトを作って検証しましたが、結果的にシンガポールでは受け入れられませんでした。どのように結果にたどり着いたかというと、「現場」でのテストからです。市場の需要側と供給側にコミュニケーションが存在していなかったことに気付きました。

 

タスクサイトにはLPがあり、2,000名のメンバーがいました。200名との面談予定があったり、サイトについてのラジオ出演があったり、新聞掲載もありました。まだ実際にサービスもしていないのに、素晴らしい状態でした。しかし、テストの結果、このサービスを求めている人は、本当はあまりいないということが判明しました。シンガポール市場では上手くいかないということが分かったので、サイトを作り続けるのをやめました。リーンスタートアップを活用することで、高リスクを回避することができたのです。

他の同じようなスタートアップ企業は4社ほどありましたが、私が中断した後に全て中止となりました。他社はたくさんの資金と時間を費やしていましたが、私は1ヶ月半ほどでやめることができたのです。

 

―早期に中断して、リスクを回避して、ダメージを軽減したのですね。

 

この体験から、これを私のミッションにしようと思いました。シンガポールのスタートアップ界隈のエコシステムへの貢献として、そして起業家への貢献として。起業家のアイデア、そして彼ら自身のテストができるようにしました。

 

そして大事な要素が2点あります。解決したい問題が顕在化していて、顧客はお金を払ってでも解決したいのか。彼らがその問題を解決するために打ってつけであり、やりたいことなのか。「The Testing Ground」という組織を立ち上げた理由はそこです。アイデアを試し、創立者をテストする、全ての「プレ(事前段階)」なのです。プレCレベル、プレエンジェル投資家…全てのスタートポイントなのです。自分自身を理解することと、解決すべき問題を知ることから始まります。現場に出て、テストをし、そこに牽引力(トラクション)があるなら、生業となる。それがこのビジネスの流れです。

 

―とても興味深いのはThe Testing Groundはビジネスや起業家だけではなく、顧客とビジネス側の両サイドのテストがあるという点です。正しくマッチしているのかを確かめているのですね。

プロセスとクリエイティブ:イノベーションにもプロセスは存在する

―先ほど正しいテストをするメリットについて伺いました。リーンで素早い予測、つまりビジネスの分析が結果としてあり、日本でも顕著ですが、多くの会社が「このやり方こそが正しいのだからやるべき」とロジックに囚われている状況があります。そのデメリットや避けるべきこと、タブーについて教えていただけますか。

 

ブライアン:大きな問題の一つはロジックに偏ることです。人間は不合理ですし、感情があります。実は物を買う際、他の多くの要素が絡んでいるので合理的に判断されることは極めて稀です。例えばバリュープロポジション、導入、紹介の仕方や人対人のやり取り、どのように提供しているのかなど。テストできるポイントや要素はとてもたくさんあります。人間はコンピューターではありませんがクリエイティブで芸術的であるということでもありません。リーンスタートアップは理論的で、分析できるプロセスです。ビジネスモデルを発見するための科学的なアプローチなのです。世界を観察して仮説を立てることを可能にします。その後、検証をして仮説のテストを行います。

 

データを集め、分析して、インサイトを得ます。それを元に変更・改良を加えるというプロセスを踏んでいきます。突然何かをひらめいて、何かに気付くこともありますが、そこには必ず、何らかのプロセスがあります。創造の天才もプロセスを持っています。ロジカルであるということは間違いではありません。ただし顧客が同じように理論的であると思うのは間違いです。顧客のことを学ぶために理論を活用して、学びを得るのは素晴らしいですが、過去に成功したことが再び通用するという確証はありません。

 

―大事なことは、対象の文脈やストーリーを理解すること。判断の背景にある反応や感情を理解して、表現するということでしょうか?

 

ブライアン:はい、そうです。多くのスタートアップが渇望していることは大きな問題を早く解決することです。デザイン思考などのテクニックは大きな問題を解決する時に、素晴らしい効力を発揮します。一方で「この問題は解決すべきか?」への答えは出せません。リーンスタートアップでは「やる価値はあるのだろうか?注意を払うべきだろうか?」という考え方で実施します。この視点で常にクライアントを見ています。行動や傾向を見るだけではありません。ペインポイントであるか、新たなソリューションが常に求められているもの・ことであるのかを知ろうとします。たとえ小さな問題であったとしても、「問題解決をしたいですか?」や「どのように解消したのですか?」と聞きます。「うーん、何もできませんでした。」と回答をいただくこともあります。あまり良くない傾向は、問題が大した痛みではない場合でしょうか。逆に新たな方法・やり方が見つかり、今後のライフスタイルを大きく変えるような発見があったり、シンプルな解決策で、行動・傾向を変えてしまうような時もあったりします。このように大きな変革をもたらすイノベーションは存在します。もちろん、問題を解決することは大前提です。

リーンスタートアップの強み:素早いイテレーション

ブライアン:リーンスタートアップでは早期に、「すぐに欲しいという需要がある」という点を明らかにします。リーンスタートアップは素早くこれを実現します。1年間はかかるウォーターフォール型のプロセスとは異なります。これが強みです。リーンスタートアップの特徴は二つあります。一つは物事を検証することで、すぐにやるべきことを明らかにできること。そして需要があること。つまり欲しい人がいることが素早くわかるので、バリューチェーンを早急に立ち上げることができるということです

 

想像してみてください。1年間かけて製品ローンチを行うのか、または最初の1ヶ月で製品を市場に出し、毎月、新たな顧客を獲得するのか。後者は、前者が正式ローンチをする間に、12回イテレーションを回して製品を改良しています。どちらが発展しているでしょうか。これがリーンスタートアップの強みである、素早いイテレーションです。実用最小限の商品(MVP: Minimum Viable Product)を持って、市場に出るということです。

【中編】の最後に

改めてリーンスタートアップ、そしてテストや顧客の話を聞くことが、どれぐらい素早いプロセスなのか、そして実際に市場に出て、価値や魅力がある商品・サービスを作るのに効率的な考え方なのかを実感しました。

 

また、テクニックだけではなく、それに伴うマインドセットを持ち、起きた出来事や得た学びを分析する視点を持つことが真にリーンスタートアップであるために大事なことなのではないかと考えさせられました。

 

次回【後編】ではThe Testing Groundの提供するサービスとマインドセット、そして日本市場と起業家へのメッセージをお届けします。

 

デザイナー&日英通訳者。Boston Univ.にてデザインを修め、帰国後ゲーム会社の海外CRM、自動車アナリスト、海外営業&マーケティングなどに携わる。横須賀生まれ横浜育ち、インター培養のバイリンガル。猫は全ての頂点に立っていると頑なに信じている。

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