【前編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

シンガポールを本拠地とするThe Testing Ground社はスタートアップの創設者のために、実践的で且つ速くアイデアをテスト(検証)するためのプログラムを提供しています。

 

創立者のブライアン氏はシンガポール政府の奨学生としてMBA、エンジニアリングとロースクールの学位を修めたのち、テスト(検証)の真の価値を提供するThe Testing Ground社とリーンスタートアップ協会をシンガポールで立ち上げました。輝かしい経歴を持つブライアン氏ですが、いきなり成功したわけではありません。失敗の経験から、テスト(検証)を何度も実践し、そこから学びを得て現在のポジションに到達しました。

Bryan Long
The Testing Ground

http://www.thetestingground.asia/

日本市場とリーンについて

UberやAirbnbのような様々な要素が複合的に絡み合ったサービスが海外で展開されている現状がある中、日本は未だプロセスベースです。

そしてウォーターフォール型のプロセスや経営層・中間マネジメント層、ボトムレイヤーとのマインドセットの差が、日本が真にリーンになるための大きな障壁となっています。トランスフォーメーションに対する効果の受け取り方、理解の仕方が異なります。

今回はブライアンさんから、なぜ仮説を立てることが重要なのか、そしてテスト(検証)を実施することが大事なのか、また何を指標とするべきなのかをお話しいただきました。

日本とシンガポールの共通点:指標とは何か

ブライアン:日本企業において「アーリーアダプター」的な存在はいますか?シンガポールでも多くの人がビジネストランスフォーメーションを求めていますが、現実的には「ROI(投資対効果)が無いのではないか」となっています。

しかし、ROI(投資対効果)が無いと思うのは「失敗」を頻繁に経験することに慣れていないからです。なので企業では小規模のプロジェクトを好む傾向にありますが、それを実施して成功しても「出世させてください!」と上司に言うことは難しいと思います。

 

スタートアップの場合、設立する時やイノベーションを起こそうとする時など、いわゆるアントレプレナー(起業家)的な事を実践していると多くの失敗を経験します。

プロダクトやサービスを何とか形にして市場へ送り込んだとしても、結果的に誰もそれを欲しがらない、需要が無いとしたらどうでしょうか。

広告やプロモーション、アプリやウェブサイトなどの全ての制作物が出来ていて、準備万端だとします。でも顧客がいなかったら、全く意味が無いです。でも、制作した人物からしたら「自分のやるべき事は十二分にやりました」となるわけです。

組織や企業の場合、デザイン担当、プロダクト担当、運営・運用・経理担当など、様々な担当者はいると思いますが、誰がお金を生むことに責任を持っているのでしょうか。

全要素が噛み合った新たな収入源を見つける担当者がいません。実際、アントレプレナー部門はありませんよね?

しかしスタートアップでは、創業者が全てを包括的に見て、「どのように全要素を組み合わせたらお金を生むことができるのか」を考えなければなりません。

 

―確かに会社組織の中で全体図が見えている人物というのはとても稀だと思います。

明確に測定する「定規」のようなハッキリとしたものがないので、どんな効果があったのかなどROI(投資対効果)を正しく測る事は難しいですね。
抜本的に「これをすると、このような効果がある」という啓蒙やマインドセットの変化が必要だと感じます。

テスト(検証)をする意味:顧客は存在しているのか?

ブライアン:日本でテスト(検証)をした事は無いのですが、シンガポールでは受け入れてもらいやすくなっています。勢いがありますし、スタートアップが実施しているので「イケている」ものとして受け入れられていますが、同時に難しくもあります。

デザイン思考やアジャイルなど、プロセスの部分で苦戦する人もいます。使用するツールや、リーン・アジャイル・デザイン思考など色々な要素がありますが、とにかく大事なのは「顧客がどこに存在しているのか、そして彼らはお金を払ってくれるのか」です。

 

利益にならなければ、それはボランティアです。プロダクトを考え、作る事はとても楽しいですが、誰もそれを購入しなかったら意味があるのでしょうか?

 

―正しく見出す事は難しいですね。

 

ブライアン:ただ、何度もテスト(検証)をすることによって意味を定義することができます。例えばプロジェクトの予算が100万ドルだとしたら、私はその予算で100〜1000のテスト(検証)を実施します。

グローバルな大手電気通信会社のテスト(検証)をインドネシアで行った際、予算は1日2500ドルでした。街頭で100名を対象にテスト(検証)を実施したところ、コンセプトの段階で20名がお金を支払ってくれました、素晴らしい結果だと思いませんか?

 

その時は10名のアルバイトを雇い、リーン・スタートアップについて一晩で教えました。そして「この会社を自分のスタートアップのように認識する」「営業はしない」ということを彼らに伝えました。実際のコンセプトだけを伝えて、顧客の反応を見て欲しいと言いました。

結果として20名がお金を払ってくれましたが、これはインドネシアという賃金が決して高くない国で素晴らしい結果だと思います。私の経験則でいうと、全体の10%が課金してくれたら御の字です。

 

コンセプトを描いた紙を見せながら「アーリーアダプターになってもらうために、これだけ購入してください。正式にローンチしたらサービスに入っていただけます。」と案内します。すると「払います!」と反応が返ってくるのです。そしてそのインタビューの様子を撮って会社に見せます。

 

その一方で、フォーカスグループ(グループインタビュー)の準備を1ヶ月間かけて行います。会社が準備をしている間に私は100名の顧客にインタビューを実施します。すでにお客様相手にテスト(検証)した結果があるので顧客の需要があることがわかっているので、ウェブサイトもなく、紙のコンセプトを見せるだけで、これだけ達成できます。

 

―プロジェクトを素早く先に進めることができるのですね。これは日本企業にとっても興味深いことだと思います。多くの企業が理論的に準備立て、フォーカスグループなどを活用して、サービスの正しい方向性を知ろうとしています。ブライアンさんの実施している方法では、すでに集客が出来ている。実際の人から聞いてサービスを作っていくというのは効果的ですね。

 

ブライアン:企業が顧客よりも物事を把握しているという時代は終わりました。現場に出て、顧客と話さなければいけないのです。

インタビューのコツ:「ママテスト」とは?

ブライアン:今までバングラデッシュ、カザフスタンなどでテスト(検証)を実施していますが、日本は文化が異なり、よりユニークです。これまで活用してきたテクニックがどのぐらい通用するかを知りたいです。人々が丁寧で、礼儀正しい国で実行したらどうなるのか。本当のことを言ってくれるのか。初めて会う人が忌憚なく意見を言ってくれるのか。それとも良く出来ていますねという反応があるだけなのか。

 

―日本だけに限ったことではないですが、インタビュアーの望むような回答に合わせようとする傾向があると思います。

 

ブライアン:そうですね。そこで、「ママテスト」と呼んでいるものを活用しています。つまり、母親が嘘をつかないようにする質問の仕方です。まずは人生を語ってもらい、意見を聞き、背景を語ってもらう、という感じで回答してもらいます。

 

例えば「料理をした時に、最後にレシピを活用したのはいつですか?」と聞くとします。そうするとお母さんたちは「レシピなんて使わないわよ!感覚とか目分量で味見をしているのよ!」と回答があるとします。そうすると「この年代の方々はレシピより感覚で料理するのだな」と分かるわけです。そういう結果があるにもかかわらず、この世代を対象としたレシピアプリを開発しているとしたら制作する意味がないですよね。

このような学びは過去の話などを聞くことによって得られます。この方法が日本市場のような、丁寧かつ閉鎖的な場所で効力があるのか、インタビュー対象が過去を話してくれるのかとても興味があります。是非試してみたいです。

【前編】の最後に

今回のインタビューを通して印象的だったのは、いくら美しく凄いと思うものを作っても、ビジネスとして成り立っていなければ意味が無いということでした。

どれだけ誇れるものを作っていたとしても、需要が供給に正しくマッチしていなければ効果がないのではと感じます。早いステージで方向転換を行ったり、戦略を調整したり、テスト(検証)して得られた学びや気づきをフィードバックして、顧客と向き合いながら発展させていくのが肝心なのだと、改めて思いました。

次回の【中編】では、なぜテスト(検証)をすることが大事なのか、なぜそこに至ったか、そしてクライアントとの関係性や、やり取りについてお届けします。

 

【中編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

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